特任助教 | ||
中村 伊南沙 | ||
Project Assistant Professor Inasa NAKAMURA | ||
所属: | 東京大学 大学院数理科学研究科 | |
専門分野: | トポロジー、結び目理論 | |
研究内容
私は結び目理論、結び目の中でも特に、曲面結び目と曲面ブレイド(2次元ブレイド)について研究しています。1次元の結び目とは、紐を空間内で結んで両端をつないだもののことで、2つの結び目が紐を切らずに空間内で動かして同じ形になるとき、それらは同じ(同値な)結び目であるといいます。数学的にいうと、1次元の結び目とは、円周の3次元空間内への埋め込みであり、全同位によって同値関係を与えます。1次元の結び目は平面上へ、重なる点が交差点しかないように射影することができます。そういう平面上へ射影した図では、3次元にいたときの情報が失われているのは交差点の上下の情報だけなので、交差点に上下の情報を与えた射影図を結び目の図式と呼び、図式を用いて結び目を研究します。結び目の研究では、さまざまな不変量を研究することによって、結び目を特徴を研究します。不変量とは、図式に対して定義される、同値な結び目なら同じ値になる数学的な量のことです。2つの結び目の不変量を計算してみたとき、それらが異なるならば結び目は異なる(同値でない)ということが分かります。 1次元の結び目について説明・EEオましたが、それに対して曲面結び目とは、次元をもう1次元上げた結び目です。 曲面結び目とは4次元空間の中への閉曲面(球面やトーラスなど)の埋め込みのことをいいます。3次元空間内の1次元の結び目理論は 1833年のGaussの論文にまで遡ることができ、DNAや蛋白質の構造などへの応用も含め広く研究対象とされてきていますが、 曲面結び目は1925年Artinが1次元の結び目からスパン2次元結び目を構成したのが始まりで、比較的近年になって開拓された分野で、 その構成法すらあまり知られていないのが現状です。曲面結び目は1次元の結び目の時間変化を表しているとみなすことができるので、 曲面結び目を用いた応用として、蛋白質の時間変化を記述するモデルを構築したいと考えています。
トーラス被覆結び目
新たな曲面結び目の構成法として、自明なトーラス上の分岐被覆の形で表せる曲面結び目をトーラス被覆結び目(torus-covering link)と定義して、トーラス被覆結び目の性質を研究しています。 トーラス被覆結び目の各成分はトーラス上の分岐被覆の形をしているので、その種数は1以上です。従来の曲面結び目の研究は球面の埋め込みである2次元結び目 (2-knot)を対象にしたものが多いのですが、2次元結び目は種数がゼロなのでトーラス被覆結び目には含まれません。 特に各成分がトーラス型であるとき、トーラス被覆結び目は、2つの可換な1次元ブレイドa, b によって構成されます。記号S(a,b) で表すことにします。 トーラス被覆結び目S(a,b) の不変量は、aの閉包とbの閉包というブレイドa,bから構成される2つの1次元の結び目の不変量から導出されるであろうという ことが推測されます。トーラス被覆結び目はその幾何的構成法が容易です。代数的性質の導出も比較的容易であることを示し、トーラス被覆結び目を通 して曲面結び目の性質を明らかにしていきたいと思っています。1次元の結び目の不変量についてはこれまで多くの研究がされており、その性質が明らか にされているので、トーラス被覆結び目は比較的扱いやすい、取り組みやすい対象であるといえます。また、これまで球面の埋め込みである2次元結び目 についてはいろいろな研究がなされてきましたが、一般の種数の曲面結び目についての研究はそれほど発展していません。2次元結び目でないトーラス被 覆結び目を研究することで、2次元結び目では見られない曲面結び目の性質が明らかになることを期待しています。
曲面結び目上の2次元ブレイド
トーラス被覆結び目の概念の拡張としてあるのが曲面結び目上の2次元ブレイドです。 曲面結び目F上の2次元ブレイドとは、 向きづけられた曲面結び目Fの分岐被覆の形をしている曲面結び目であり、 Fをコンパニオンとする一種のサテライトです。 論文3では、F上の2次元ブレイドを表す曲面図式上のチャートという概念を導入しました。曲面図式とは4次元空間内の曲面結び目を3次元空間に射影して、特異点集合に射影する前の上下の情報を付け加えたものです。閉曲面上の2次元ブレイドはチャートという閉曲面上のグラフで表されることが知られていますが、曲面図式上のチャートは、この通常のチャートを拡張したものになっています。曲面結び目F上の任意の2次元ブレイドはFの曲面図式上のチャートで表すことができることを示しました。さらに、チャート付き曲面図式のローズマンムーブを定義し、それらがwell-definedであることを示しました。これによって、曲面結び目上の2次元ブレイドを図式を用いて扱えるようになりました。 今後は 曲面結び目上の2次元ブレイドについて、その不変量を研究したいと考えています。
発表論文
- Tetsuya Ito and Inasa Nakamura, On surface links whose link groups are abelian, Math. Proc. Camb. Phil. Soc. 157 (2014), 63-77
- Inasa Nakamura, Surface links with free abelian groups, J. Math. Soc. Japan 66 No. 1 (2014), 247-256
- Inasa Nakamura, Satellites of an oriented surface link and their local moves, Topology Appl. 164 (2014), 113-124
- Inasa Nakamura, Unknotting numbers and triple point cancelling numbers of torus-covering knots, J. Knot Theory Ramifications 22, No. 3, 1350010, 28 p. (2013)
- Inasa Nakamura, Unknotting the spun $T^2$-knot of a classical torus knot, Osaka J. Math. 49 (2012), 875-899
- Inasa Nakamura, Braiding surface links which are coverings over the standard torus, J. Knot Theory Ramifications 21, No. 1, Article ID 1250011, 25 p. (2012)
- Inasa Nakamura, Triple linking numbers and triple point numbers of certain $T^2$-links, Topology Appl. 159 (2012), 1439-1447
- Inasa Nakamura, Surface links which are coverings over the standard torus, Algebr. Geom. Topol. 11 (2011), 1497-1540
- Inasa Nakamura, Unknotting singular charts with no black vertices by reducing node-pairs, J. Knot Theory Ramifications 19, No. 9 (2010), 1135-1144
口頭発表
- "Showing distinctness of surface links by taking satellites". Knots and Low Dimensional Manifolds, Satellite conference of ICM 2014 (Contributed talk). BEXCO, Busan, Korea. August 2014.
- "Showing distinctness of surface links by taking satellites". Seoul ICM 2014 (Short Communication, Topology section). COEX, Seoul, Korea. August 2014.
- 「結び目とカンドル彩色」。研究集会「島根大学[数理生物]―東京大学iBMath合同研究会:生命動態の実験,数理モデルおよびシミュレーションの現状と今後の課題」松江。2013年12月
- "Satellites of an oriented surface link and their local moves". トポロジー火曜セミナー 東京大学 2013年12月
- "Surface links whose link groups are abelian". Joint iBMath & QGM workshop “Geometry and topology of macromolecule folding”. QGM, Aarhus University, Denmark. December 2013.
- 「曲面結び目のサテライトとその局所変形」。日本数学会秋季総合分科会・トポロジー分科会一般講演 愛媛大学 2013年9月
- 「絡み目群がアーベル群である曲面絡み目」。日本数学会秋季総合分科会・トポロジー分科会一般講演 愛媛大学 2013年9月
- " On surface links whose link groups are abelian". International Conference on Topology and Geometry 2013, Joint with the 6th Japan-Mexico Topology Symposium (Contributed talk, Knot section). Matsue, Shimane University, Japan. September 2013.
ポスター発表
- "Satellites of an oriented surface link and their local moves". ICWM 2014 ( (International Congress of Women Mathematicians), Satellite conference of ICM 2014. Ewha Womans University, Seoul, Korea. August 2014.
- 「クロマチンの様々な立体構造とRNAの構造解析」。数学協働プログラム「生命ダイナミックスの数理とその応用」-数理科学と生物医学の融合 東大数理 2014年1月(鮑園園氏との共同発表)
- 「"Surface links which are coverings over the standard torus". The 3rd GCOE Workshop for Young Mathematicians (第3回GCOE若手数学者交流会). Kyoto University. February 2012.
パーシステントホモロジー群についての輪講
( 2014年7月31日で終了しました)
「シリーズ 現象を解明する数学
タンパク質構造とトポロジー
パーシステントホモロジー群入門
平岡裕章 著
共立出版株式会社 2013年」
の輪講を以下の日程で行っています。
日時:毎週木曜日17:00ー18:00
場所:東京大学大学院数理科学研究科 118教室
「タンパク質構造とトポロジー」の内容
タンパク質の幾何学的構造の中に存在する「穴」について調べる道具として使われているホモロジー群やパーシステントホモロジー群について、 予備知識をあまり仮定せず、数学の初歩から解説します。代数的トポロジーは、画像処理、離散データ解析、センサーネットワークなどの分野 への応用が近年盛んになってきていますが、パーシステントホモロジー群もこのような応用の一環であり、数学的には比較的新しい概念です。 第1章では、幾何学的対象である単体複体について解説します。単体複体とは、トポロジーの研究でよく用いられる対象で、 三角形の張り合わせを抽象化した概念です。さらに、タンパク質の球体モデルを単体複体へ変換する手法をいくつか紹介します。また、 タンパク質の立体構造のデータベースであるProtein Data Bankを紹介します。 第2章では、ホモロジー群を導入します。まず準備として、アーベル群、可換環から説明してR加群、特にZ加群について解説します。 Z加群とはベクトル空間の一般化であり、ベクトル空間と同様にして、基底とランクが定義されます。さらに、ホモロジー群を導入し、基本的な性質を解説します。 第3章では、パーシステントホモロジー群について、パーシステント区間やパーシステント図という概念を導入しながら解説します。さらに、タンパク質の 球体モデルの半径の増大列が定めるフィルトレーションに対してパーシステントホモロジー群を応用し、特に、タンパク質の圧縮率の問題とタンパク質 の幾何学的な分類問題についての応用を説明します。
2014年度の授業担当
- 数学I演習(微分積分学) 通年 (理科II, III類1年生対象)
- 数学II演習(線形代数学) 通年(理科I類1年生対象)